2014年8月24日 「キリストへ人を導く喜びと義務」

2014年8月24日の礼拝メッセージは「変更」のシリーズの中の第7としてヨハネ4:28-42から「キリストへ人を導く喜びと義務」と題して話されました。19世紀の終わりから20世紀の初めに生きていた日本で有名なキリスト教の弁証家、社会改革者、作者である内村鑑三は、墓石に「自分は、日本のため、日本は世界のため、世界はキリストのため、そして、全ては神のため」という言葉を書いています。これは彼の人生の標語だったようです。要するに、キリストの全ての信者は、世界的、国家的に人類を改良するため、そして、全ての人々の個人個人の救いのためにキリストによる信仰を伝えないといけない義務を持っていると断言しています。キリストにある神の救いの恵みを受けている全ての信者にとって、他の人が同じ信仰を受けるため、その人に影響を与えることにまさる喜びはありません。イエス様は私達に神の国の中に人を生まれさせるという大きな喜びをくださったばかりでなく、そのような働きを要求しそうするように命令しておられます。サマリアの女の体験と私達とイエスとの出会いも、イエスから永遠の命という湧き上がるような救いを受けることで終わったと考えやすいですが、そうではありません。イエスは彼女とそして同じように私達にも、「神の国の業務」に与るような機会を与え、いえ、そうするように命令しておられるのです。ルカ2:49の中の「父に家にいること」の別異訳は「父の家業の中で働いていること」とあります。これは神の国の宣伝の働きです。イエス様は、救いを受ける条件ではなく救いに与る義務だということをサマリアの女に知らせました(4:16)。「行って、呼んで、来て」というこの3つの言葉は、人々へ私達のキリストを導く3つの段階です。信仰(救い)は個人(隠れた)のことではなく、公衆(公)のことです。彼女の証により村の全体がキリストを信じるようになりました。では、私達がキリストへ人を導く動機は何でしょうか。  自己の体験(ヨハ4:29;マコ5:18-20);債務(ロマ1:14-16);地獄の恐れ(2コリ5:11);弟子として礼拝の結果(マタ20:16-20);収穫の働き(ヨハ435-38);人類改良(ルカ14:23-);結実(ヨハ15:16);命を実らすこと(箴言9:30);永遠の報い(ダニ12:3);神の口、言葉となる(ロマ10:13-15);神に認められること(マタ10:32);人霊獲得の冠(1テサ2:19,20)。人霊獲得の実践のやり方は、① 導くべき人は誰かを祈りをもって決める。② その人と仲良くする。③ 自己の救い、祝福の体験を話す。④ その人をキリストを信じる信仰に導く。この喜びを知りたいでしょうか。ならば、この義務を果たしなさい。