2014年3月30日 大阪グレイスキリスト教会牧師 林田 和博 先生によるメッセージ


2014年3月30日の礼拝メッセージより

林田先生が、1991年に沖縄ユース・ウィズ・ア・ミッション(YWAM)で夫婦で学んでいた時に、サーファーズパラダイスの宣教部長のロバート・ホートン氏から「日本人牧師を求めている」というFAXが来ました。その頃、先生は大きな挫折を経験し、 自分をリセットして原点に帰るために、沖縄で学び直していました。 

ある集会で、前列で両手を上げて礼拝している先生の姿を見て、涙がこぼれてきました。その先生は牧師でありましたが、真の礼拝者の姿で神様を礼拝していたのです。 「神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:24) 

その時私は今まで重く肩にのしかかっていた牧師という肩書きを置いて、真の礼拝者になることを決心しました。

まず、私達、私自身が礼拝者とならなければいけません。

礼拝とは「二心がない、偽りがない、正直である。」という意味があります。神様の前に正直に立つ。そのままの姿で立つ。ことが大切だと思います。私達はどうしても良くみられたいとか、人と比較して自分は勝っているとか考えたくなる愚かな者ですが、神様は人の心をご覧になられます。

ルカ18:10~14では、パリサイ人と取税人が祈るために神殿に上りました。

パリサイ人は「私はほかの者たちのように、略奪する者、不義な者、姦淫する者、そしてこの取税人のようでないことを感謝します。週に2度断食し、すべての収入の十分の一をささげています。」と祈りましたが、取税人は遠く離れて立ち、天に目を上げようともせずに、むしろ胸を叩きながら、「神よ、罪深い私を憐れんでください。」と祈りました。神様は、生贄ではなく悔いた魂を求めておられ受け入れられるお方です。

まず何よりも大切な事は私達、私が本当に謙遜に悔いた魂をもって主に礼拝するのを神様は喜ばれ望んでおられます。

オーストラリアへの招きは、挫折で傷ついた心が癒され新しい力を得た時で、夫婦心一つにして祈り、多くの神様からの御言葉と、夫婦の確信の一致をいただき、招きに応じる決心をしました。しかし、オーストラリアで生活するための生活費や渡航費などの経済的な問題が目の前にありました。実家の大阪に戻ったとき、諸教会からのメッセージや賛美の要望が相次ぎ、また個人からの支援献金によって、出発一ヶ月前に現地活動費の最初の一年分が備えられました。

 「主の山の上には備えがある」(創世記22:14

 

992年、オーストラリアに渡り、当時は、執事のトニー&カミン・ミルス夫妻と、サミー&セイヤ・ツオビネン夫妻そして林田和博、知子の6名体制でスタートしました。 礼拝の他に英会話クラス、家庭集会等の定例集会をもうけ、気がついてみると、数か月のうちに数人だった群れが40名ほどに膨れ上がり、主はたくさんの収穫をこの地で見せてくださいました。神様はみ言葉の約束通り、多くの方の魂を救ってくださったのです。 

帰国のために19946月にブルースご夫妻にバトンを手渡すまで、短い年月ではありましたが、そこで係わった日本人教会には実に多くの笑いあり涙ありで、書ききれないほどいくつものドラマがありました。そしてゴールドコーストでイエス様に出会って救われ、み言葉によって養われた人々の多くは、今もこの場所を魂の原点、信仰の出発点と考えているのです。そういうわけで、帰国して距離は離れていても日本人教会の歴史はそのまま私たちの大切な信仰の歴史として刻まれていくものと思っています。

主の祝福がこれからもゴールドコースト日本人教会の上に豊かにありますようにお祈りしています。