2014年3月23日の礼拝メッセージは2014年イースターシリーズの中でマタイ27:24,25から「水が洗い流すことができない罪」と題して話されました。2006年にミシガン大学で行われた実験で、道徳的に悪い決定をした後に手を洗うなら、その人が罪悪感を持っている可能性が低いことがわかりました。この実験は、多くの文化や宗教に見られる通り、手を洗うことは罪悪感を除く手段の一つであることを確認し、多くの場合、物理的な行為は道徳的な結果をもたらすことを確立したと考えられている。しかし、出34:7によると、聖書の神は罰すべき者は必ず罰して報いる者です。このメッセージでは裁判を受けた時、イエス様が発言された真理を見て、私達の苦しみの中で受ける励ましを見てみます。
①すべての権威は人ではなく神に属している(ヨハ19:8-11)。 ローマ帝国の権力を代表していたピラトの権利でさえ、キリストによる神の人類の永遠の贖いの計画を挫折する事が出来なかった。庭の中で神の御心にゆだねて今は、イエス様は神の権威に対する確信が高まっています。
② 神の臨在はイエス·キリストにあって明らかにされていること(マコ14:58)。
この訴えとイエスの答えはヨハ2:18-22に初めて記されて、十字架に架かったイエスに対する侮辱になりました(マコ15:29,30)。神殿は民衆の中で神の臨在を意味しています。ところが、今、神はキリストとして地上に住居しておられます。神の受肉と呼ばれて、私達の信仰の中で最も重大な真理の一つです。
③キリストの使命は真理を宣言することです(ヨハ18:37,38)。
これはイザヤ55:4の預言を成就して、神の恵みと真(ヨハ1:14)の真理を語っています。この三つの発言は一つの真理を表現しています。それは、神の御言葉の真理があなたの内に働いている時に、神の権力を経験すると言う真理です。あなたの人生の中で起こることは神の予知と主権的目的に従って起こったことだと知っているなら、その目的にゆだねて、神があなたに対する計画を必ず成就してくださると確信することができます。その確信の由来は聖書の言葉です(ヨハ2:22)。これは、御言葉の受肉とよばれて、聖霊によってキリストがあなたの内に住まわれ、あなたもキリストの内に住んでいることです。これで、イエス様が裁判の中で神ご自身と神の御計画に対して確信を持っておられたように私達も内住のキリストを通して同じ確信を持って、強められて、励まされていることができます。この真理をお受けしませんか。