2013年11月3日の礼拝メッセージはコロサイ人の手紙1:1-6から「福音の望み」と題して話されました。
使徒パウロは、使徒26:18に福音を定義しています。「資産」は「天にたくわえられている」にあたり、その受け継ぐ資産は「希望」という言葉に意味されています。この遺産を受けるのを予想して喜ぶべきです(マタ5:12;1ペテ1:4)。
ヨブ記の中で「希望」はネガティブの意味を持っています。ただ一つの箇所(19:25)にポジティブの意味があります。そこではヨブがキリストの再臨を示す福音の望みを預言しています。反対に詩篇の中で希望を参照する箇所は全部ポジティブです。望みを神と親しい関係から語っているからです。この希望がなければ救いは不完全で、(1コリ15:19;黙示3:17)、不信者と同じ状態にいるのです(エペ2:10,11;1テサ4:13)。では、福音の望みは何でしょう。
① キリストの再降臨です(ヨハ14:1-6;使徒1:9-11)。キリストの再臨は確実であるからこそ世界福音宣教の勢いと動機となっています。
② 死者の復活です(ヨハ11:21-26;使徒23:6;1コリ15:12-23)。イエスは肉体を持ったままで天に昇り、その同じ有様で帰ってこられるのは私達の体の復活の保証となっています。ただ肉体的な物質ではなく、天、霊的な次元に生きる体に変えられます。
③ 神の栄光を見ることです(ロマ5:1-5)。物理的な世界の中でラザロの復活によって神の栄光が示されたように、霊的な世界の中で私達の復活が神の栄光を示すようになるのです。
④ 信者と創造の解放です(ロマ8:19-23)。人類の堕落と罪によって、自然界が束縛された状態になったと同じように、人類が完全に贖われる事によって自然界は束縛から解放されて、再び神の栄光に着せられるようになる。主の食卓、聖餐式を通して祝う望みはこれです。(1コリ11:26)。
キリストを信じることによって生まれ変わっていく望みはこれであり、そして、聖霊が同じ信仰を持った信者の間であふれさせてくださっています(ロマ15:26)。
(次回に上記の主題をもっと詳しく話します)