2013年2月17日の礼拝メッセージは「向こう側に渡って」シリーズの第4の第一部として創世記11:31-12:5から「アブラハムと神の御国」と題して話されました。創8-25章に記録したアブラハムの生涯はヘブ11:8-10に要約されています。聖書全体に書かれたキリストによる神の完全な啓示を受けていないにもかかわらず、神ご自身と御計画に対して揺るがない信仰の模範を私達に残しました(ヨハ8:56)。神の啓示をみたときそれを(ヘブ11:7)実行するために後ろの戸を閉じて過去を振り返らない(11:15、16)、向こう側に渡り(ヨシュア24:3)場所を変える必要があります(11:8)。アブラハムは「ヘブル人アブラハム」呼ばれています(ヨシュア14:13)。ヘブルとは「わたる」と言う意味です。アブラハムは「向こう側に渡る」について何を教えていますか。①さらに神の祝福を受けるためにふさわしくない環境を離れないといけない(創31:1)。 ウルはニムロデがバビロニヤの地に創った、神に逆らい、月太陽を拝み、占星術の塔、先祖崇拝、多神教、性的乱交に満ちた宗教の中心的な町でした(創8-11章)。信仰にふさわしくない環境から離れるように聖書は教えています(2コリ6:14-18;2ペテ1:1-11)。②神の少しの祝福で満足してはいけない(12:1-9)。アブラハムは以前に主が言われた(12:1節原語)主の召しを自分の中で生かしてから全生涯、絶えず移動しています(13:17、18)。神に示されたことを記念に礼拝の祭壇を築いています(12:7)(参考エペ3:16_21)。③キリストにある無限の人生を目指すこと
(ヘブ11:10-15)。アブラハムは前に行ったことのないどこかに出かけて、後ろの戸を閉じ、キリストにある新しい人生に通じる神が開かれた戸をくぐって行った(エペ2章、ピリ3:14、15;使26:18)。このような無限の人生は悔い改めと信仰から始まり、日々、キリストに対する献身を新たにし、つねに、従順によって従う事によって経験できるのです。
キリストを信じる信仰を持った人は「ヘブル人」渡る者です。(次回つづく)