2012年1月15日 「新約聖書における教会の福音」

2012年1月15日の礼拝メッセージは使徒2:36-41から「新約聖書における教会の福音」と題して話されました。もし、初期の教会の中で各時代にあるべき礼拝の根本的な内容「神の偉大なみわざを語ること」(先週のメッセージ参照)を見ることが出来るなら、初代教会の中にも同じ福音の根本を見ることが出来ます。この礼拝の現象を説明しながら、使徒ペテロはイエスの生涯、十字架と復活を語り、群衆に人生を変える応答をするよう哀願しました。では、福音の根本とそれに対する応答とは何でしょうか。①イエスの人なる神の性質のこと(2:22、36)。イエスは、大使館が正当な資格をもって外国においての天皇の国事行為を定める権威を授けられたのと同じく、地上で神の代表者として神に信任されました。その証拠は、ヨハ5:36-39によると、奇跡、父ご自身、聖書というものでした。②キリストのはりつけ(十字架)のこと(2:23)。十字架を二つの角度から見ることが出来ます。神の側からは、イザヤ53:4-11によると、神ご自身がイエスを打たれたとあります。人間の側からは罪ある者がキリストを十字架にはりつけました。そしてイエスは神の御心に自分をゆだねられました。③キリストの復活(2:24-32)。復活は贖いの働きを完了するためになくてはならないことでした。④賜物としての聖霊(2:33)。ペテロがペンテコステの日に起ったばかりの聖霊降臨を語っています。もちろん聖霊は不信者の回心の働きもしますが、ここでは、信者が受けている信仰生活のために力を与えてくださる聖霊の経験(聖霊のバプテスマ)を意味しています(使徒11:17、19:1-6)。この4つは新約聖書における教会の福音です。その福音に対してなすべき応答は①悔い改め(2:37、38)。②主のみ名を呼び求めること(2:21)。③信者としての洗礼を受けること(2:38)。「洗礼は不信者に罪の許しを受けさせる手段ではない。それなら、十字架は無意味です。むしろ、不信者で悔い改めて、主を呼び求める上で与えられる罪の赦しを受けた証言の行事です」。④賜物としての聖霊を受けること(2:38)。⑤イエスを人生の主とすること(2:36)。こうして曲がった世から逃れることができます。もしあなたがこれらのものの中でいずれかの応答をしていないなら、今すぐにしてください。