2009年9月6日 「父、自分の子供に良いものを与える人」

2009年9月6日の礼拝メッセージは、マタイ7:6-12からvと題して話されました。今日、オーストラリアでは父の日です。マタイ7:11を中心にして、地上では、神の家族と呼ばれる教会が神の本質を反映すべきです。また、クリスチャンの家族がキリスト教的な価値のあるものを示すべきです。家族の中でお父さんは頭主であり、家族に神の祝福が下る経路です。この箇所に課題は祈りですが、子供が神の祝福を受けるために父は自分の子供に教えるべき幾つの原理(価値のある良いもの)も見えるのです。① 識別力の価値 6節。何が聖なるものであるか判断して軽々しく考えてはなりません。自分にとって聖なるものの周り「立ち入り禁止」ゾーンを作らなければなりません。猫に小判とあるように、神のことをばかにする者は犬のようにその価値を認めないからです。② 粘り強さの価値 7,8節。求め、探せ、たたくとは同じことを違う角度から見るのではなく、強度の度合いを示しています。ほしいものを求める。失ったものを探す。立ち入りに禁止されたところに接近できるようにたたく。子供はすぐそばに立っているお母さんに求める。いないお母さんを探して、そして、見つかると求める。部屋の中にいるお母さんに行くためにあきらめないで、ドアをたたく。そして、ドアが開くと求める。③ 意義ある人間関係の価値 ルカ11:5-8.「しつこい友」と言うたとえ話の中に頼みに行った方は、相手が友だから、遠慮せず、あつかましく、あくまで、しつように、しきりに、うるさくなるぐらい、頼んだのでかなえられました。(8節に、「友達だからと...しないとしても」と言うのは、普通、友だちだから文句なしに起きて願いをかなえるという意味も入っています)。③ 生活に神を取り入れる価値 マタイ7:7-12。ここに4つの法則があります。1.原因と結果の原理 8節。求めれば受ける、探せば探し出す、たたければ開く。神の法則の中で生きるなら当然の結果が出ます。2.思慮の原理 9,10節。魚かパンが与えられないと書いてありません。ただ、反対のもの、害をするものは与えられないだけです。すなわち、時と場合を判断する。裁判官は法律にしたがって判決と罰を与える義務がありますが時々任意の権威を用いて軽い罰を与えます。3.蒔くように刈る原理 12節。4.神の言葉の原理 12、13。立法と預言者は霊と命ある生活のための霊的な法則です。最後に、すぐれた父とすぐれたよいものがあります 11節。それは、天におられる父が下さる聖霊です ルカ11:13。聖霊を通してご自分自身を下さるのです。