2008年3月9日 人を引き寄せる十字架の力 その1
2008年3月9日の礼拝メッセージはヨハネ12:12-23から2008年イースターシリーズの中で「人を引き寄せる十字架の力」と題して話されました。ヨハネの福音書では12章から全部の章が地上でイエス様の最後の一週間に捧げられています。十字架は磁石が金属を引き付けるようにすべての人を引き寄せるのです。しかし、これは、すべての人が救われると言う意味ではありません。でも、だれもこの一刻をのがれることはありません。イエスをどうしましたかと調べることになります。クリスチャンにとって、十字架は①救いと購いを祝う為に引き寄せる。(12-13)過ぎ越し祭りで会衆は(ア)自分の生活の根本を象徴するしゅろの木の枝を振り、(イ)神の働きに対して感謝と信仰をあらわすホサナと叫び、奇跡を行う主の御名と主権を認めながらイエスを迎えた。(オ)十字架は祭り的なお祝いです。敬虔な態度を持ちながら人の前でキリストの忠誠を恥と考えてはいけません。②十字架は救いと祝福が思いがけない方法で来ると示す為に引き寄せるのです。(14)征服者が白馬に乗って町に入りますがイエスは子ろばでした。これは福音の逆説です。参考にイエスの御誕生も考えてください。イザヤ62:11とゼカリア9:9を調べますと私たちの救いは王に掛かっています。私たちの王が柔和な方で子ろばに乗るのを恥と思いません。このイエスは恐れを取り除かれます。そして、救いの報いを共に持ってきますが報酬(二重の報い,報いと酬い)は、前に、別訳で先に、ある。ですから、その祝福を予想して、来た後にではなく、信仰の行動として「大いに喜べ、喜び叫ぶ」はずです。弟子たちはこの言葉の意味と霊的原理がわかりませんでした。(続く)