2007年11月18日 閉じた天を開く鍵

2007年11月18日の礼拝メッセージはヤコブ5;10-20から「閉じた天を開く鍵」と題して話されました。前回学んだようにイエス様が開けた天の下で生きる模範を示して、天を閉開する鍵を与えてくださいました(マタ16:17-19;18:18。今回の聖書にはエリヤと言う預言者のことがあります。エリヤのことばによって天は3年半の間、閉ざされました(ルカ4:25)。この出来事は第1列王記17,18章に記されています。エリヤはまた、神の言葉を受けて、祈りによって閉じた天を開きました。古代のイスラエルは農業社会で、自然界に起こったことによって神の祝福とさばきを経験したのです。神の怒りとさばきは閉じた天で示されたのです。天は暗い(イザヤ5:30)雨が降らない、産物は生じない(申11:16,17)、鉄と青銅(申28:23,24)露がない(ハガイ1:10)などのものはその特徴でした。しかし天が開くと人々のこころは喜びに満たされます(使14:17。ヤコブの手紙に閉じた天を開く次の鍵が見えます。①キリストらしい性質を示すものの模範に倣うこと(10,11節)②主の好意を確信すること(11節)③祈る時単純な言葉を用いること(12節)④自分の事情が変わるように自分で責任を負うこと(13節)⑤明確に神の民の群れに属すること(16節)⑥神の言葉に従って祈ること(17節)。エリヤが神の言葉を受けてからその言葉に立って祈り始めたのです(1列18:1、41-45)。その言葉だけで彼は信仰の耳で雨が降る音が聞こえたのです。第2歴代史6:26,27に、ソロモン王は神殿の献堂式の時にもし、民たちの罪のために天が閉ざされるなら再び開くようにどうすればよいのか教えました。それは、悔い改めの祈り、従順な道に戻ること、正義の道に歩む教えを受けることでした。天が閉ざされた最も恐ろしい時はイエス様が十字架の上で叫ばれた時でした。その時にイエス様は私たちの罪を背負い神がイエス様に背を向けられた時です。3時間、天は真っ黒になりました。それで私たちに天に入る道が開かれたのです。イエスさまという鍵を心の手で持ちませんか。